のひらからつたわる


「さて、諸君…此処は任せたぞ」

 本日の始まりはネオのこんな一言。

「だー!」

 晴れ渡った空にアウルの機嫌極まりない大声が響き渡った。

「アウル…いい加減諦めろって…」

 アウルが先程まで手にしていたスコップを乱暴に放り投げて、げしげし、と足蹴にしている様を、少し距離をおいた場所から目の当たりにしながらスティングは呆れたようにため息をついた。

「スティングは良いのかよ!大体さーなんでぼくたちがこんなことしなきゃいけないワケ!」

 半ばヒステリーを起こしながらアウルがきゃんきゃん、と喚く。
 アウルの機嫌が悪いのは、今、自分達がしている作業と連動している。
 ちなみに何をしているかというと ――

「それにぼくはさっき見たんだよ!ネオとステラはこたつでぬくぬくと蜜柑食ってたんだからねッ!
 ぼくとスティングがこんなに頑張って "雪かき" してるって言うのにさ〜〜〜っ!」

 "アーン?つーか頑張っているのはオレだけだろ" と、スティングは一瞬アウルの台詞に突っ込みを入れそうになって、ギリギリで踏み止まった。
 不満を一気に捲くし立てたアウルは、寒さでかじかむ手をぎゅっと握り締めている。
 そう ―― 2人は甲板の雪かき掃除をするようにネオに言われたのだった。
 しかし命を下した当の本人は暖かい部屋で女の子と蜜柑を食している、らしい。
 これではアウルでなくても怒りたくなるというものだ。
 だが、いくら文句を言ったところで、ネオが命令を変更するとは思えないし、雪が勝手に消えてくれるワケでもなかった。
 今は昼間で気温も高いから心配ないが、夜になって冷え込み溶け掛けた雪が残っていたら甲板はペキペキに凍ってしまうだろう。
 アウルのお守りをしながらなんて大量の雪はまだまだ片付きそうもない。
 スティングはもう一度小さくため息をついた。

「もーやだぁ…寒いよぉ。霜焼けになるって」
「あーわかった、わかった…これ、貸してやるからとっとと終わらせようぜ」

 河豚のように頬を膨らまして、その場にへたり込んだアウルを見て、スティングは今まで自分が首に巻いていたマフラーを渡した。
 渡されたブツをちらっと見て、う〜っと顰められていたアウルの眉が元に位置に戻る。

「巻いて♪」
「ばっ、馬鹿ッ!自分で巻け」

 甘えてきたアウルに、スティングはぎょっとして、焦ったように辺りを見渡した。
 もしかしたらネオや他のクルーが何処かで見ているかもしれない、と彼は思ったのだ。
 恋人同士になってからというもの、アウルが一喜一憂する度に、毎度、毎度、からかわれているのだ。
 注意深く辺りを伺い、人の気配がしないことに内心ホッとしながら、ちょんちょん、とあっちやこっちに跳ねている空色の髪の上にマフラーを乗っけてやった。

「ちぇっ…スティングのけち」

 おねだりを聞いて貰えなくてアウルは拗ねたように口を尖らせたが、寒いのには変えられない、と思い直して、素直にスティングのマフラーを自分の首に巻きつけた。

(あったかーい♪)

 マフラーの柔らかさと、温かさに童顔の顔が、ほにゃら…と綻ぶ。
 それを横目で見ていたスティングもアウルの単純さ、というか素直さに、くすっと微笑した。

「さっ、とっとと片付けようぜ。そんで蜜柑食うんだろ?」
「どうせ食べるならぼくは他のモンがいい」

 手袋に覆われたアウルの手に先程のスコップを渡しながらスティングが微笑う。
 アウルはそれを聞いて "どうせ食うならもっと良いもの!" と付け加えるのだった。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■


 1時間後 ―― 2人がてきぱきと働いたかいもあり、なんとか雪を片付けることが出来た。
 終わったーと浮かれ気分の2人はスコップやらバケツやらを投げ散らかしたまま艦内に向かう。
 通路の途中で、ネオとばったり出くわした。

「お、終わったか?」
「あ゛〜!ネオッ!すっげー寒かったんだからな!」

 けらけらと笑いながら軽く問い掛けくる上司に、アウルはびしっと指先を突きつけると、口を尖らせて、文句を言った。
 スティングはアウルの後ろからその様子をハラハラしながら見守っている。

「まぁ、まぁ、良いじゃないか。労働した後は飯が美味いってもんだぞ?」
「ちぇっ…都合良いよな」

 ネオの言うことは尤もだが、やはりアウルは納得行かない。
 むぅ…と頬っぺたを河豚のように膨らませたままだ。

「おっ、そうだ。2人とも丁度いいからステラの様子を見てきてくれないか?」
「はぁ?別に良いけど」
「えーなんでステラの様子〜〜」

 このままアウルの文句に付き合っていたら此処から脱出できないとでも思ったのか、もしくは本当にステラの様子を見てきて欲しいのか、ネオは不思議な頼み事をして来た。
 頭上に疑問符を飛ばしながらも、ネオの頼み事を素直に了承したスティングと、とっても嫌そうな顔をしたアウルの声が重なる。

「いや、さっきな…あの子の部屋の前を通り掛ったから丁度良いと思って様子を見に顔を出したんだよ。
 そしたら蜜柑を食おうとしてたんだ」
「はァ??普通じゃねぇか。なんか問題あるのかよ?」
「それが…ヘタから剥いて食べようとしてたからあれにはたまげたね」

 スティングとアウルは顔を見合すと、突拍子もないことを仕出かす彼女の行動に小さくため息をついた。
 ネオ曰く "一応、正しい (?) 蜜柑の剥き方は伝授しといたけど、また何か仕出かしてないか心配だからお前たちに見てきて欲しい" とのことだった。

「あー早く部屋でゆっくりしたいよぉ」

 ネオと別れた後 ―― ステラの部屋に向かいながらアウルがぼやく。
 スティングはやれやれ、と彼の手を引っ張ってやった。

「あ!」
「こ、今度はなんだよ?」

 すると、いきなりアウルが大声を上げるから驚いてしまう。
 慌てて後ろを振り向くと、つい先刻と違ってニコニコと機嫌の良さそうなアウルが居た。

「らぶらぶ♪」
「なっ!?」

 繋がれた手を、空いているほうの指で指差しながらアウルがもう一度微笑む。
 茶化しているのか、と一瞬スティングは思ったが、アウルのそれは意地の悪い笑みではなく、本当に、心から喜んでいる表情だ。

「ッ ―― ばッ、馬鹿…早く行くぞ」

 こんなところを見られたらまた他の奴にからかわれちまう、と思いながらも、アウルの嬉しそうな表情を見た後に、手を離す気になんてとてもなれなかった。
 冷え切った手を温めてやりたくて、繋いでいる手に力がこもる。
 彼の気持ちを汲み取って、一回り小さなアウルの手もスティングの手をぎゅっと握り返してきた。



END


ラブラブなお話が好きです。
ネオが結構出張ったですよ(笑)

04.12.30