物


 今日が始まるこの瞬間
 君と共に居られる倖せをずっとずっと抱きしめている


 シャニが目を覚ますと目の前に綺麗な金色が見えた。

 (あれ…?)

 寝起きで上手く働かない脳みそを叱咤する
 だんだんと昨夜の出来事が脳裏に蘇ってきた。

 「…ッ!」

 衣服を身に着けていない己の身体にかぁっと頬に熱が集まるのを感じた。
 そう昨夜 ―― 眠れなかったシャニは、オルガの部屋に訪れたのだ。

 * * *

 「眠れなーい」
 「あぁン?なんでだよ」

 突然部屋に訪れた来訪者は、不機嫌そうな声音で、ぶしつけにそう言うと、頬を膨らませてベッドに乗り上げてきた。
 オルガは開いていた本を渋々閉じた。

 「昼にぐーすか寝てるからだろ。ったく、しゃーねェな」

 持参した枕を抱きしめて、シャニはむぅと頬を膨らませたままだ。
 オルガは呆れたようにため息をついた。
 やることもないのでシャニの様子をしばらく観察してみる。
 どうやら目が冴えてしまっているらしい。
 自分のベッドの端っこに、枕を抱きしめたままちょこん、と座っているシャニを見つめて、オルガは良からぬことを思い付いた。
 ふっと口角を吊り上げる。
 ぐいっとシャニの服の裾を引っ張る。
 油断していたシャニは、オルガが引っ張った方向へころりと転がった。

 「オルガ寝るの?」

 シャニが転がった先は、丁度オルガの真横。もそもそと身体を反転させて、オルガが居るほうに顔を向ける。
 眠たそうに生欠伸を噛み殺したオルガを見て、シャニは小さく問いかけた。

 「ああ、そうだな。俺は眠い。寝るかーって思ったら丁度お前が来たんだよ」
 「あ、うん…」

 冷たく聞こえる言い方にシャニの眉が少しタレ下がる。

 (邪魔だった…)

 ふいに心を過ぎった考えに不覚にも涙が出そうになった。

 「ほら、お前も早く寝ろって」
 「うん…」

 先程の発言に他意はなかったようだ。オルガはシャニの頭をぽんぽんと撫でて、布団を掛けた。
 けれど、シャニは心の中のもやもやが晴れない。
 オルガの胸に顔を埋めて、情けない顔を見せないようにした。
 目を閉じて、如何にか眠ろうと必死で頑張ってみる。
 けど、もともと頑張って寝ようとする時点で駄目なのだ。
 一向に睡魔は襲ってこない。
 むしろ、早く寝なきゃ、と思えば思うほど、目は冴えてしまった。
 オルガの胸元からとくとくとく…と、静かに響く心音を聞きながら
 シャニは困って、しょんぼり…と、もう一度眉をタレ下げた。

 「あー…なんか良い香りがする…」
 「え…?」

 しかし次の瞬間、不思議な台詞がシャニの耳に飛び込んできた。
 驚いて、顔を上げ、上目遣いでオルガを見上げる。
 オルガはシャニの髪の毛を指先でくるくる…と、弄んでいた。

 「やっぱ良い匂いするな」

 柔らかい髪に鼻先を近づけると、オルガはもう1度先程の台詞を反芻する。

 「オルガとおんなじシャンプーだよ?」
 「まぁ、そうなんだけどよ」

 支給されているシャンプーを使っているのだからオルガの髪もおんなじ香りだよ、とシャニは首を傾げた。
 オルガは少し笑いながら指先に絡めていた髪の毛にくちづける。
 その一連の動作に、シャニの頬がカァ…と、熱くなった。

 「や、ッ、オルガ…何してんの?」
 「見てわかんねーか?」

 シャニはあわわ、と後ろに後退して、ふわふわの髪を押さえた。
 顔は耳まで赤く染まっている。
 くちづけられた自分の髪をマジマジと見つめて、熱が集まった頬に、手を当てた。

 (絶対顔赤い…)

 オルガは時々突然気障なことをしてくるから嫌いだ。
 こちらの心臓が持たない。

 「ハッ ―― どうした?」
 「べつになんでもない」

 俯いてしまったシャニを見て、オルガは一瞬きょとんとしたが、その表情はすぐに楽しそうな笑みへとすり替わった。
 オルガのからかう様な問い掛けに、シャニは少しむっとしながら答えると、彼に背中を向けた。

 「なんでそっち向くんだよ」
 「いいじゃん。べつに…」

 不服そうに文句を言ってきたオルガを、どっち向いてようがオレの勝手、と一蹴するとシャニは布団に潜り込む。

 「だーめだ。こっち向けって」
 「もうなんで!――っ、んんぅ?」

 間延びした声と共に伸びてきた腕にシャニは顎を掴まれる。顔だけをくきっとオルガのほうに向かされて、唇を塞がれた。
 アメジストの瞳が驚きにぱちりと見開いた。
 次第に深くなるくちづけにシャニは頭の芯がくらくらした。

 「んー……ふっ…」

 角度を変えて、何度も、何度も、くちづけられ、シャニは無意識のうちに、オルガの首へと腕を回して、唐突に降って来た接吻に夢中で応えていた。

 「はぁ、はッ…」

 舌で口腔を掻き回し、シャニの息が上がり切った頃に、オルガはようやく唇を解放した。
 飲み下せなかった2人分の唾液が顎を伝う。
 それをつい…と、舐めとられ、シャニの腰にぞくっと快感が走った。

 「シャニ…やばいかも。なんか俺も目が冴えてきた」
 「そんなの知らない〜〜!…って、やッ、何処触ってんだよ!」

 服をたくし上げられ、オルガの手のひらが肌を直に滑る。流石に 『やばい』 と頭の中で警告音が鳴り響いた。
 じたばたと抵抗をするシャニを抑え付けて、オルガは耳たぶを食んだ。
 そして低く囁いた。

 「シャニ……いい子にしてな」
 「やだァ…っ!」

 その後のことは、恥ずかし過ぎて、思い出したくない。

 * * *

 ばっちり昨夜の出来事を回想し終わって、シャニは枕に顔を埋めた。
 昨日の自分はどうかしてたのだろうか?
 あんな夜分にオルガの部屋に行けばこういう行為に及ぶことは、幾らでも予想がつくのに。

 (オレの馬鹿…)

 はあ、と小さくため息をついて、未だ夢の世界にいるオルガの頭を軽く小突いた。

 「いて!」

 小さく悲鳴が聞こえたが、聞かなかったことにして、もう1度布団に潜り込む。

 「あー…シャニ?」

 訝しげに名前を呼ばれたけど、聞こえないフリをして、狸寝入りを決め込んだ。

 (ばれないよね…)

 内心どきどきしながら目を閉じていると、突然光が遮られて、瞼に柔らかい感触。
 瞳に接吻をされたのだと気付いたのは、オルガがシャワーを浴びに行った後のこと。
 主の居なくなったベッドの上で自然と笑みが零れた。

 ねぇ、オルガ。オレが眠れなかったら今日の夜も一緒に寝てくれる?
 明日は、明後日は、その次は…?

 オレにはなんにもなくって、他にはなんにも出来ないから
 ただただ願ってる、想ってる。

 『オルガと共に過ごす夜が、朝が、一日も長く続きますように』

 オルガはゆっくり寝かせてなんてくれないけれど
 まぁ、それでも良いやって思う。


 血生臭い日常に見つけた2人の時間
 このちっぽけな倖せがきっとなによりの宝物



END


2005.04.12