体温
他人の温もりは、時にとてもウザったくて、時にとても心地良いものだと思う。
「クロト。一緒に寝よ?」
シャニのお願いに僕は一瞬だけゲームの画面から視線を外してしまったんだ。
「えー」
嫌そうな声を上げると同時に、室内には、無情にもゲームオーバーのBGMが鳴り響く。
ハッと視線をゲーム画面へ戻して、小さく舌打ちをした。
「くそ、負けちゃったじゃんか〜」
ブツブツと文句を言いながらベッドへ潜り込む。
シャニは ”オレのせいじゃない” って、納得いかなそうだった。
愛用している枕を両手で抱えたまま
ジッと僕の顔を見つめているシャニへ軽く手招きをする。
「寒いんだから、早く入ってよ」
自分が寝転がっている隣をぽすぽす、と叩く。
此処に来て良いんだよって。
最初はきょとん、とした表情のまま固まっていたシャニだったけど、程なくして僕の真意を理解したのか、嬉しそうに微笑み、その場所へ寝転がった。
暖をとるべく、ギュッと抱きついてくるシャニ。
少し頭痛がした。
こんなところをオルガに見られたら何を言われることやら。
まぁ、僕は知らないけどね。
枕もとの電気スタンドを消すと、室内は暗黒に包まれた。
生欠伸を噛み殺しながら瞳を閉じた
けど…
「冷たっ!?」
ヒヤッと氷のように冷え切った素足が僕の足へ触れてきて眠りの世界から引き戻される。
「シャニッ!寒いんだから足ひっつけんなよ!」
冷たさに逃げようとすると、アメジストの瞳が何かを訴えてきた。
”寒いんだもん” って。
シャニは暑さにも寒さにも弱くて、冬になるといつもこんな感じだ。
体温の高い僕の許へ来ては、暖をとろうとする。
「うぅ…わかったよ。そんな目で見んな」
責めるような、縋るような視線に負けて、足へ触れることを了承すれば、先程まで哀しそうにタレ下がっていたシャニの眉が元の位置へ戻った。
「クロトぉ…あったかーい」
滅多に見せないような笑顔で、嬉しそうに僕を呼ぶから足が冷たいのなんかどうでも良くなってしまう。
「シャニ、手ぇ出して」
「ん?」
足と同じように低い体温を保つシャニの手。
それを布団から出すように言った。
首を傾げながらも、僕の言うことに素直に従ったシャニは、両手を布団の中からちょこっと出す。
その白い手を、両手でギュッと包み込んだ。
シャニの手は、足と同じように、氷みたいに冷たかった。
根気強く、何度も両手を擦り合わせる。
この時の僕は、とても真剣な顔をしていたらしく…
後に、シャニから ”クロト、面白かった” って言われるハメになる。
「へへ…あったかい」
ほんのりと温かくなってきた手に、シャニは嬉しそうに微笑み、規則正しい寝息を立てだした。
シャニが眠れば僕の役目はお終い。
足が冷えると眠れなくて<、温かくなると眠れるらしい。
そっと手を離そうとしたけどシャニからギュッと握ってるから離せなかった。
「―…っ!」
他意はないんだって解っていても、僕はシャニの行動が無性に嬉しくて、頬が焼けるように熱かった。
「そんな無防備に眠ってさ…襲われたって文句言えないんじゃないの?」
コツンと 額を引っ付けて、小さく呟く。
あどけなく、健やかに眠るシャニの口唇へ軽く口付けた。
冷たかった手や足と違って、シャニの唇はとても温かかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
明日の朝。オルガが僕を起こしにくる。
僕とシャニが一緒に眠っているこの光景を目の当たりにして
激怒する姿がありありと脳裏に浮かんだ。
(まぁ、良いんだけどさ)
寒がりなシャニがやってくるのは、僕の許で…――この役目は僕の特権。
絶対、誰にも渡さないからね!