くら


 ふわふわ、と薄紅色の花びらが舞う。

「すげェな…」

 2人で檻を抜け出して、
 その道を通ったのは、たまたまだった。
 空を仰げば、薄紅色の世界。
 満開の桜。
 オルガが発した台詞に、オレも共感した。

 キレイ…。

 ぼぅ、と頭上の桜に見惚れていると、肩に小さな衝撃。
 不可思議に思って、後ろを振り向く。
 視線を少し上へ上げると、オルガがオレの肩を支えて、苦笑していた。

「あんまり上ばっか見てると、引っくり返るぞ」

 ぽんぽん、と頭を軽く撫でられる。
 その手のひらが温かかった。

 照れくさくて下を向くと、地面には薄紅色の絨毯。
 すでに散ってしまった桜。
 少し胸が痛かった。

「来年も咲くだろ?」

 上から降ってきた声に、顔を上げる。

「うん」

 小さく頷けば、もういちど頭を撫でられた。
 オルガの手には薄紅色の花びら。
 どうやら、オレの頭にいっぱい引っ付いているらしい。

「なんか…髪飾りみたいだな」

 髪を梳かれる感触が気持ちいい。
 そっと瞳を閉じると、途端に、ふわ、と口唇に舞い落ちたナニか。

「?」

「あーあ、俺のシャニにキスしちまうなんて…いい度胸の花びらだな、これ」

 どうやら、花びらが一枚オレの口に乗っかっちゃったらしい。
 パチと目を開くと、オルガはそれを手にとってちゅっとしていた。

 あ、間接ちゅう。

 指を差してそう言えば、今度はオルガからの口付けが降ってきた。

「消毒」

「桜って毒なの?」

「そういうワケじゃねーけど…俺以外の奴がシャニの唇に触ったから消毒」

 口唇を押さえながら首を傾げれば、オルガはそう応えてくれた。

「そろそろ帰るか?」

 差し出された手のひらをギュッと握る。
 オレの手のひらには一枚の花びら。

『あーあ、俺のシャニにキスしちまうなんて』

 おまえのおかげでオルガが嬉しいことを言ってくれたよ。
 ニッコリと微笑み、帰路についた。

 きっともう2人で見ることは叶わない。

 ほんの少しの倖せをくれた。
 美しい樹を、薄紅色の花を、その目に焼き付けた。



END


2004.04.xx