うものと護るもの


 午前のシュミレーション。検査。その他諸々の仕事が終わって時間を持て余したスティングは、体調も良かったので外に居た。
 外と言っても研究所 (ラボ) の庭とでも言うか檻の中から抜け出した訳ではなかったけれど。
 遥か頭上に位置する宇宙 (ソラ) をぼんやりと見上げていたら肩に少しばかりの重量が掛かって視線を動かした。
 スティングの肩には晴れ渡った空と同じ色彩の髪を持つアウルが居た。
 気配を消して近付くなよ。驚くだろ?と、スティングが軽く注意する。
 アウルは小さく頷くとスティングの肩口にすりすりと額を擦りつけた。
 そしてアウルの口からこんな言葉が発せられた。

「スティング〜…身体、だるい」

 驚いてアウルの顔を覗きこんでみると、普段は健康的な頬の色が今は蒼白く顔色が良くない。
 口からはひゅーひゅーと肺から辛うじて絞り出している様な呼吸が聞こえた。

「あいつ等に言ったのか?」

 あいつらというのが研究員を指しているのは暗黙の了解。
 アウルはぷるぷると首を横に振った。

「ぼく、死んじゃう?」

「馬鹿。ンな訳あるか」

 珍しく弱気な発言をするアウルを見て苦笑いを浮かべる。
 豪快に跳ねている髪の毛を軽く撫ぜてやるとアウルは小さく言葉を続けた。

「ぼくが死んだらスティングは仇をとってくれる?」

「止めてくれ…縁起でもねぇ」

 スティングの苦笑が悲痛な表情に変化するとアウルは言葉をつぐんだ。

「―― 嘘だって。そんなことしてくれなくていい」

 何処か裏のありそうな笑顔で軽く言ってくるアウル。
 先程の言葉とのギャップにスティングは眉を顰めた。

「アウル…」

「んー?」

「オレは死なない。ステラも死なない。勿論お前も死なせたりしない。
 何かを失くす為にオレ達は此処に来たワケじゃないだろ…」

「うん、そうだね…」

 アウルの肩をしっかりと掴んで真剣に言葉を続けるスティングにアクア色の瞳が数回瞬いた。
 そしてその言葉にわかってるよ。と、とても嬉しそうに微笑った。

「医務室行ってくんね♪」

「ああ…」

 研究所に戻って、通路を大分進むと、アウルは無機質な天井を仰いだ。

「スティングが全部を護ってくれるならぼくは戦うほうかなぁ」

 両手をかざして小さく呟く。
 己の手を血で穢すのならひとりで十分じゃないか。
 勿論もう後戻りが出来ないことはわかっているけど…。
 アウルは彼が、誰よりも優しい彼が、この先に待ち受けているだろう幾つもの
 "死" に、あまり傷付かなければ良いのに…と思った。



END


2005.02.03