最後の


 でこぼこと、つぎはぎだらけのおれたちだから

 あかるいばしょになんて

 たどりつけるはずもなかった

 ううん、たどりつけないとおもっていたの

 ***

 シャニが熱い熱い光の中で思ったことは、
 苦しい思いは嫌だ、痛い思いだってもうしたくない、だった。
 早くこの苦しみから解放されたかった。

 ***

 そよそよ、と頬に何かが擦れる感触がして、シャニは目を覚ました。
 重い瞼を何とか抉じ開け、瞳を数回瞬く。
 むくっと上体を起こして、ふと視界に入ってきた蒼を不思議に思い、天を仰ぐと、そこには今までシャニが見たこともないような蒼穹が広がっていた。
 天の突き抜ける蒼と、花と緑の木々が萌える全く見知らぬ土地にシャニは寝転がっていたのだ。

 (ここ何処?オレ…なにしてたんだっけ?)

 足に着いていた草を軽く掃って、立ち上がり、斜めに首を傾ける。
 自分は確かに宇宙に居た筈なのに?
 シャニは足りない脳みそを回転させ、唸りながら記憶を辿った。

 たしか光の洪水が押し寄せて来て、
 痛いより、ただ熱くて
 そう感じた瞬間オルガの声が微かに聴こえた気がしたんだけど……

 「あ、そっか。…オレ死んじゃったんだ」

 ぽん、と手のひらを叩いて、小さく呟く。
 その台詞は誰の耳にも届くことなく消えた。

 死んだということを理解出来たからといって、状況が変わるワケでは当然なかった。
 この場所には誰も居なく、ただ春風のように温かな風が頬を掠めて、シャニの髪を揺らすだけ。

 ぼんやりと、境界線が見えない草原を眺めていると、急に物悲しい気持ちになった。

 (こんなにきれーな場所なのに…)

 薬の柵もなく、苦痛もなく、もう他人を殺めることもない。
 それでも何か足りなかった。

 「ひとりだなあ…」

 何処までも続く果てのない道をあてもなく歩き初めたシャニは先程と同じように小さく呟いた。

 生に未練はない、それは確かだ。
 でも、何か足りない。
 今の自分は心にぽっかりと穴でも空いてしまったようだ。
 もともと満たされた日々を送っていたワケではない。
 でもあの日々が遠い昔のことのように感じる。
 戻りたい、とは思わなくてもシャニにはもう一度逢いたい、と思う人は居た。

 (あれ??)

 別に助け合っていたワケでも馴れ合っていたワケでもない。
 他人を気にかける余裕なんて彼には、いや、その逢いたいと思っている人物にもなかった筈だ。
 でも、心配してくれる人が居た気がする。
 薬の所為で記憶が飛び掛けていたから明確ではないけれど、
 確か、その彼は、いつも怒ってばかりだった。恐いと思うことが多かった。でもその反面自分を真剣に叱ってくれるのが嬉しかった。
 そんな気がする…。



 ―― あれはだぁれ?



 シャニはピタリと歩みを止めた。

 「お、るが…?」

 自分の記憶が正しければ、世話を焼いてくれた人物の名前は "おるが" だった。

 「オルガ」

 シャニがもう一度確認するようにその名を反芻すると、突然空が光った。

 「―― えっ!」

 眩い光に、ぎゅっと目を閉じる。
 少し経って、光が止んだ。
 そっと目を開けると、シャニが立っている場所より少し先に、綺麗な黄色が見えた。

 草の色は緑だから黄色があるのはおかしい。

 シャニは不思議に思いながらゆっくりとそこに近付き、草むらをかき分けて、その黄色いモノがある場所を覗き込んだ。
 見覚えのある顔が視界に飛び込んでくる。
 そこにはオルガが横たわっていた。
 ちょこん、と隣にしゃがみ込んで、そっと頬に触れれば、柔らかくて、ほんのり温かい。
 無意識にオルガの頬を何度も撫でていると、シャニの瞳から涙が溢れた。

 「おるが、オルガ、オルガ!」

 ぱたぱた、と白い頬に透明な雫がオルガの顔に落ちる。
 シャニは自分が泣いていることに気付かなかった。
 でも "とにかくオルガを起こそう" と思い、何度も彼の名を呼び、乱暴にオルガの身体を揺すった。

 「ぅ…」

 中々目覚めないオルガを両腕で力一杯抱きしめる。
 オルガの口から苦しそうな呻き声が洩れた。
 シャニの背中に腕を回し、ゆっくりと瞼が持ち上げられて行く。
 綺麗なアクア色の瞳と視線がかち合った。

 「おるがぁ?」
 「ハッ ―― お前、何泣いてんだよ?」

 おいおい、ぐしゃぐしゃだぜ、とオルガは困ったように笑いながらシャニの頬に手のひらを当てた。
 指先でシャニの涙を拭ってから、オルガは上体を起こした。
 シャニはオルガが何処にも行かないようにぎゅっと軍服を握りしめる。
 掛ける言葉が思いつかなくて、下を向いていると、コテンと胸元に頭を引き寄せられた。
 驚いて、オルガの顔を見上げると、そっと前髪をかき上げて琥珀色の瞳に柔らかい感触が降って来た。

 「お前が俺の名前呼んだの初めて聞いたぜ」

 瞼にキスをされたのだとシャニが気付いたのは、それから数秒も経ってからのこと。
 あのときは怒ってばかりいたオルガの表情はとても優しいもので、
 初めて見るその笑顔は、驚きと共にシャニの心を満たした。



―― さいごにたどりついたばしょは "安らぎ" にみちていた ――


END


昔書いたお話の手直し版です。
オルガとシャニが最後に辿り着いたところが優しい楽園でありますように

2006.10.10