翼
MS格納庫で、カラミティガンダムのパイロットであるオルガ・サブナックは、自分の機体を見上げ、小さくため息をついた。
オルガの愛機であるカラミティガンダムは長距離砲撃戦を意識し、攻撃力を高めたMSである。
強大な力。不満がある訳じゃない。ただひとつだけどうしても好きになれないところがあった。カラミティには飛行能力がないのだ。
フォビドゥンもレイダーも飛べるのにカラミティは飛べないのだ。
オルガはもう一度深いため息をついた。
調整が終わったのに腰が重い。
愛機の前で項垂れているオルガを見つけて、ぽてぽてと近付いてくる影があった。
俯いていても影が差し、光が遮られるのはわかるものだ。
オルガが顔を上げる。其処にはシャニがいた。
「調整終わった?」
一緒に部屋に戻ろ、と誘ってくれるシャニ。
「…ああ、いちおう終わったけどな」
シャニを見てから彼の肩越しに見えるフォビドゥンに視線を動かす。
あれは飛べるんだよな、とまたしてもため息がもれた。
それも先程よりも深いため息が。
「あーくっそぉ…」
ガシガシと頭を掻く。要らぬ焦燥感に苛まれる自分が腹立たしい。
「どうしたの?」
様子のおかしいオルガに、シャニは首を傾げ、ずずいと顔を覗きこんできた。
「オルガ〜…辛気臭い顔してんね。倖せ逃げちゃうよ」
そしてオルガの顔を凝視するや否やぽけぽけとしたのんびり口調で脱力してしまうようなことを言ってくる。
「ほっとけ」
オルガはシャニの額を軽く叩いてそっぽを向いた。
「…変なオルガ」
理由を話してくれないオルガに、シャニはむぅ、と頬を膨らませる。
しかし元気の無いオルガを、言われた通り放ってなんておけない。
シャニは少し思案して、よしよし、とオルガの頭を撫でた。
「……カラミティは飛べねーんだよ」
幼い子供がされるようにいい子いい子されて、少しこそばゆい。
オルガは気が変わったのか、先程よりも優しい眼差しで、シャニを見つめた。
そしてその口から発せられた言葉は、誰もが知っている周知の事柄で、シャニは ‘そうだね’ と、頷くしかなかった。
「べつにいいじゃん。クロトに運んで貰えるんだからぁ」
オルガってわがままだね、とシャニは何処か見当外れの答えを返す。
「飛べなかったらシャニが危ねーとき、助けにいけねえ。お前、基本的に空中戦が多いし」
オルガはシャニの愛機であるフォビドゥンを半ば睨み付ける様に見つめながら真剣な声音で告げた。
シャニは異なる色彩を持つ双眸をパチパチと瞬き、きょとん、とした。
―― 自分はそんなに弱くないけれど……
でも温かい愛情を向けられて、心配して貰って、嫌な気分にはならないものだ。自然と唇が弧を描く。
「大丈夫だよ。カラミティが飛べないならオレが ‘助けてー!オルガァァ!’ ってオルガのとこに飛んでってあげる」
シャニは項垂れるオルガの髪にくちづけを贈り、自分よりも大きな体をそっと抱きしめた。
―― 翼がないと、嘆くあなたが居るのならば、わたしが飛んでいってあげる