俺とシャニと白い猫と。


 それはこれからの物語
 新たに出逢った小さな温もり


 「オルガぁ…」
 「駄目だ」

 シャニの哀願の声を、冷たく突き放す。

 「でも、でも…だってぇ!」
 「とにかく駄ぁー目」

 駄々をこねるシャニの額を軽く小突いた。
 しゅん…と項垂れるシャニを見て、小さくため息をつく。

 「オルガ…酷いよね…。おまえに意地悪するんだよぉ…」

 シャニは哀しそうに眉をたれ、腕の中でもそもそと身動ぎする白い毛玉に話しかけてる。
 シャニが駄々を捏ねている原因を見て、俺はもう一度ため息をついた。

 白い毛玉の正体は、シャニが拾ってきた捨て猫。

 "飼いたいの" って甘えた声で言われた時は、読んでいた本を思いっきり床に落しちまった。捨てられたにしてはやけに丸っこいから不思議に思って、シャニを問い詰めると、監視の目を盗んではコイツのところへ行ってたらしい。

 「もう良いよ…。ムルタに頼むからぁぁ」

 深いため息をついた俺に気付き、シャニは不服そうに口を尖らせた。
 そして、とんでもない捨て台詞を残すと、あっかんべーをしながらその場から走り去ろうとした。
 俺は慌てて、その細い腕を捕まえた。

 「バカ野郎!何、考えてんだ!アイツに頼んだらとんでもねーこと要求されるに決まってんだろ!」

 声を張り上げて怒鳴りつけると、シャニの肩がビクンと撥ねる。
 あ、ヤベ…ちょっとデカい声で叱り過ぎたか。

 「オルガ…怒んないで…」

 ビクビクと俺の顔を見上げてきて、見るからに怯えているシャニの背中をぽんぽん、と叩く。

 「べつに怒ってねーよ」
 「じゃあ一緒に頼みに行こぉ…」

 ぎゅっと抱きついて、泣きそうな声でお願いしてくるシャニに敵う筈もなく…
 俺はシャニ (と猫) を連れて、アズラエルの部屋に向かった。



 「はぁ?猫…ですか?」
 「うん。ほら、可愛いだろ〜」

 アズラエルは眉を顰めて、シャニが抱かかえてる毛玉を見つめた。
 あんまり俺の反応と変わらねーじゃん。
 アズラエルが駄目だったら他に当たる奴なんて居ねぇし、この調子ならシャニも仕方ないと諦めてくれるだろう。

 「うーん…」
 「ムルタぁぁぁぁ…」

 ほら!のたくたしてねぇでさっさと  「そんなもの飼う暇があったら訓練で成果を上げて欲しいですねェ」 とか厭味ったらしく言え。

 「まぁ、良いですよ」
 「ホント!!!」
 「あぁン?なんだと!」

 アズラエルはうーん、うーん、と唸った後、あっさりと猫を飼う事を承知した。
 その返答に驚いて、シャニの嬉しそうな声音と、俺の嫌そうな声音。まったく正反対の響きをもつ声が重なった。

 「おや?オルガは嫌だったんですか?」
 「べ、別にそーゆーワケじゃねぇけど…」

 アズラエルの問い掛けに、視線を彷徨わせる。
 バチッとシャニと視線がかち合ってしまった。
 シャニは一瞬、泣きそうな顔をしたけど、次の瞬間すげー冷たい目で俺のことを睨んできた。

 「…ありがと、ムルタ」
 「いえいえ、ちゃんとお世話しなきゃ駄目ですよ」

 シャニはそれだけ言い残すと、毛玉を抱っこして、1人で部屋を出て行ってしまう。

 「おい、シャニ!」
 「珍しいこともあるもんですね。喧嘩でもしてるんですかァ?」

 シャニを追って、部屋を後にしようとした俺を、アズラエルが呼び止める。
 言われた台詞に、歯を食いしばった。

 「そんなんじゃねェよ…」

 喧嘩なんかしていない。
 本当ならシャニの想いを酌んでやりたかった。
 でも、それが出来ない。
 あの時の記憶が呼び起こされて胸の奥がジリジリと焼けるから。

 苛立っているのか?
 それとも哀しいのか?

 自分でも制御不能の感情を持て余し、俺はぐしゃと前髪を掻き毟った。

 アズラエルの機嫌が良くて、あっさりと猫を飼うことを了承してくれたのは、シャニの気持ちを考えなかった俺への罰なのかもしれない。



 頭を冷やして (顔を洗っただけだが) 自室に戻ってみると、シャニがベッドに寝転がっていた。
 先程の事で、俺の部屋になんか来る筈がない、と思っていたので、とても驚いて、瞳を瞬く。
 そっと顔を覗き込んでみると、すーすー…と、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 どうやら俺を待っている間に眠ってしまった様だ。
 ベッドに腰を掛けて、白い頬をそっと撫でると、指先に冷たい感触がした。
 ふと、もう一度シャニの顔をよく見れば、白い頬には水滴の跡。

 「また泣かしちまったな…」

 ぐっ…と、胸が締め付けられた。
 微笑っていて欲しい、と願っているのに、俺はシャニを泣かしてばかりだ。

 「にゃー…」

 自己嫌悪に陥って、頭を抱えていると、ベッドの下から小さな鳴き声がした。
 視線を落せば、毛玉がもそもそと俺の足をよじ登ろうとしている。
 手を貸してやれば、嬉しそうに俺の手に擦り寄ってから、ひらりとシャニの隣に行き、丸くなった。

 「おまえなら哀しませねぇ?」

 同じようにシャニの隣に寝転がって、ふわふわの身体を撫でながら小さく問い掛ける。
 もうあんな哀しみはご免だ。
 一瞬の温もりなら…哀しみが増すだけなら…俺は欲しくない。

 「オルガが居れば哀しくなんてないもん」

 ぽつり、と耳に届いた声に視線を上げる。
 気付けば、アメジストと琥珀色の瞳がぱっちりと開いてた。

 「起きてたのか…」

 そっと若草色の柔らかい髪を梳くと、シャニは俺に抱きついてきた。
 耳元で、まだ幼さを残した声が響く。

 「こいつが死んじゃった時にオルガが一緒に泣いてくれるんなら哀しくなんてないもん」

 「また辛いぞ…」

 「平気って言ったら嘘になるけど…それまでいっぱい愛して倖せな思い出でいっぱいにしてあげるんだ…。だから大丈夫」

 俺の科白に昔のことを思い出したのか、シャニは一瞬、強く口唇を噛み締め、俯いてしまった。
 けど、直ぐに顔を上げて、ふわっと微笑んだのを見て、気付いた。
 哀しみに囚われて動けなくなってるのは、俺のほう。
 短い命なら精一杯の愛情で包んでやりたい、とそんな風に考えれるシャニをスゲーと思う。

 「敵わねぇな…」

 心の中で苦笑して、小さく呟いた。

 「シャニ…毛玉…じゃなくて、こいつに名前なんて付けんだ?」

 じーっと、シャニを見つめて問いかける。
 シャニは驚いたように、アメジストと琥珀色の瞳を何度か瞬き
 とても嬉しそうに微笑んでくれた。



―― 苦しみも哀しみも2人で分かち合って歩いていこう ――



END


猫の続編です。
うささんから素敵なイラストを頂いてうきうきで書き上げたお話。

2004.05.19