名前
オルガと、クロトは…
友達じゃない。
恋人じゃない。
仲間じゃない。
けど同じ。
同じ痛みを知っている。
同じ快感を知っている。
同じ罪を背負っている。
一緒にいるとウザったい。
でも居ないとなんか変。
そこにその存在があることが重要。
ホントに。ホントに。不思議だと思った。
そんなワケの解らない関係のオルガとクロトと自分。
オレは一度も2人の名前を呼んだことがない。
2人はオレの名前を呼んでくれる。
まぁ、大体…怒ってる時とかだけどね。
でも本気で心配して呼んでくれるコトも稀にある。
それが少し嬉しかったりする。
あれ?
嬉しいってなに?
まぁ、良いか。
あ、何が言いたいかと言うと…。
オレは前々から2人の名前を呼んでみたいと思ってる。
でも、必要に迫られないから結局いつも呼べず終い。
今日は呼べるかな?
あー…やっぱり明日にしようか?
うーん、やっぱり駄目だ。
今日こそ言おう。
「ねぇ、オルガ〜クロト〜」
その日、オレは初めて2人の名前を呼んだ。
オルガは持っていた本を床に落しちゃって、クロトのゲームからはゲームオーバーの音が鳴り響いてた。
2人が驚いた顔のまま固まっていたから。
「…変な顔」
小さくそう呟いた。
そしたら2人は…
「あ゛ぁ!シャニッ!ンだと!」
「ど、どーゆー意味だよ!それっ」
ハッと正気に戻ったみたいで同時に食って掛かってきた。
「だってホントのことじゃん」
フンって鼻で笑うと、2人はやっぱり怒ってた。
なんだかそれが無性に面白かったんだ。
「…で、何だよ?」
堪え切れなくてクスクス笑ってたらオルガはため息を吐きながらそう聞いてきた。
「そーだよ、なに?」
追い討ちのようにクロトにも同じことを聞かれる。
「へ?」
「"へ?" じゃねぇーだろ。呼んだんだから用あんだろ?」
あ、オレ…2人の名前、呼んだんだっけ。
でも別に用は無いんだよね。
どーしよう。
「んー…ちょっと呼びたかっただけ」
嘘ついてもしょーがないから正直にそう言ってみた。
用もないのに呼ぶなって怒られるかな?
「ふーん」
オルガは一瞬、きょとんとした表情してすぐ興味なさそうに応えた。
「呼んだ、だけ?」
クロトはさっきと同じようにまた驚いた顔してた。
「駄目?」
「いや、駄目ってワケじゃないけど…なんかさァ」
眉を顰めてるクロトに問うと、言葉を濁してこう続けた。
「くすぐったい感じ」
明後日の方向へ視線を彷徨わせながらそう言い残しクロトは部屋から出て行っちゃった。
くすぐったいってなんだろ?
クロト…顔が耳まで真っ赤だった。
なんで?
纏まらない考えがぐるぐるぐるぐる。同じ場所を回る。
「シャニ…」
「ん〜?」
うーんうーん、って唸っていたら後ろからオルガに名前を呼ばれた。
振り返り首を傾げる。
「呼んだだけだ」
「…っ!」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべオルガはオレの腕を引く。
そのままオルガの腕の中へ飛び込んでしまった。
「なっ!」
慌てて顔を上げると、至近距離にある端正な顔。
ぼひゅっと顔から火が出るかと思った。
『シャニ…』
頬が耳まで熱い。
『呼んだだけだ』
胸の奥がくすぐったい。
あ、クロトがさっき言ってたのはこーゆー感じなのかも?
「なあ、シャニ?」
ペチペチと熱い頬を叩いていたら、その手をオルガに掴まれてもっと引き寄せられた。
互いの鼓動が聴こえる。
「な、なに?」
なるべく冷静を装って応えたつもりだった。
けど、オルガがすごい笑ってたからきっとオレの顔は真っ赤だったんだと思う。
「わ、笑うな」
ちょっとムッとして頬を膨らます。
「ハハっ…わりぃ」
オルガは苦笑すると、そっとオレの頬を撫でた。
「あのさ…さっきみたいにもう一回呼んでくれよ」
頬を撫でられる感触が気持ちよくて目を細めていると、オルガはそうお願いしてきた。
はじめは断ろうと思った。
でも、綺麗なアクア色の瞳を見てたらしょーがないから言ってもあげても良いかなって思い直したんだ。
「お、…オルガぁ」
オレは顔を見られるのが嫌だったからオルガの肩におでこを押し付けて
小さくその名前を呼んだ。
「んー…もう一回」
「おるが」
「ん…」
「オルガ…」
くすぐったくて。
恥ずかしくて。
でも何度もオルガの名前を呼んだ。
呼ぶ度にオルガが柔らかく微笑んでくれるのが嬉しかったから。
無駄なことなんてしたくない
(だって疲れるから)
でも ―― … でもね。
そんな風に微笑んでくれるなら
何回だって呼んであげる ――