感 情
アイマスクで視界を塞ぎ、大音量でMDを聴き、現実から逃げていた。
何かを見たり聞いたりすれば、自分がおかしい事に気付いてしまうから。
ずっと
逃げて、逃げて、逃げて
ただ死んでいく筈だった。
でも
「シャニ」
何処か懐かしい響きが耳に届く。
‘シャニ’ というその単語が自分の名前だと思い出せたのは
呼ばれて数十秒も経ってから
アイマスクを外して、顔を上げれば、差し伸べられた2つの手
ひとつは自分の手よりもずっと大きな手
もうひとつは自分の手よりも少し小さかった。
戸惑いながらもその手に触れた。
相手がぎゅうと握り返してくれたこと
それが無性に嬉しくて、ぽろぽろ、と涙が溢れた。
離れることのないよう、強く強く握りしめて歩き始めた。
歩き始めた先に在ったものは、
決して綺麗なモノなんかじゃなかったね。
白い手を血で穢し、自分の身体を蝕み、壊し、他人を殺め、屍を越えてここまで歩いてきた。
虚しい、冷たい、哀しい、淋しい
何度も何度も忘れかけた
「シャニ」
でも名前を呼ばれると、心の奥深くに封じようとしている感情が蘇る。
もしも1人だったら
もしも2人が居なかったら
生体CPUとして
こんなにも不必要な感情はきっと消えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「でもね〜今は消えなくて良かったと思うよ」
「へぇ」
「どーせ途中で邪魔〜とか思ったじゃねェの?」
素直な思いを述べれば、オルガは興味なさそうに、クロトは茶化すように応えた。
まぁ、ちょっとは思ったけどさ。
邪魔だ、とも思ったし、忘れてしまったほうが楽だ、とも思った。
けどオレは覚えてた。
きっと忘れたくないと願っていたからだと思う。
隣に居たオルガの膝の上に乗り上げて、擦り寄る。
髪をくしゃ、と優しく撫でてくれたから耳元でそっと囁いた。
「2人とも大好きだよぉ」
「2人ともかよ…」
「そりゃー光栄」
オレの告白に、オルガは不満そうに、クロトは嬉しそうに応えた。
嬉しい、楽しい、温かい
1人じゃない
何かを感じる心が消えてしまったら
この想いは生まれなかった
オレたちが出逢って、失くしたモノは沢山ある
けど、得たモノも確かにあった
それはかけがえのないものだったよ
邪魔な感情なんかじゃ決してない
此処は世界でたったひとつのオレの居場所
END
9月27日で49話から一年でした。
オルガとクロトがシャニの居場所であれば良いと今でも心から思います。
2004.09.24
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