とりじゃない


 ずしっと腹部の辺りに重みを感じて、クロトは目を覚ました。
 完璧に覚醒しない脳を叩き起こして、衝撃を受けた箇所を見てみるとちょこん、と人の腕が乗っかっている。生白く細いその腕はシャニのものに間違いない。
 今度は隣に視線を動かすと、すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてているシャニが居た。
(ぶぁーか!重いんだよッ)
 心の声は怒りを含んでいたが、腕を押し退ける手はいちおうシャニを起こさないように気遣っているところがクロトの損なところかもしれない。
 序でに此方のほうに寄って来ていた身体も自分から離れさせた。
「ぐっ!」
 すると途端にシャニを挟んで向こう側にいるオルガから呻き声が上がる。
「あーあ」
「重てえ!なんだァ?」
 クロトが面倒臭そうな声を発したと同時に、オルガは眠りの世界から覚醒した。
 シャニの腕が自分の身体に乗っかっているのを見たオルガは、クロトと同じように、眉を顰めた。
「ったく…こいつは寝相悪ぃな」
 そして文句を言いながらもシャニを起こさないように腕を退けさせるのだ。
(ハハ…ボクと同じことしてるよ)
 クロトは自分と同じ行動をするオルガが無性に可笑しかった。
 しかし笑っていられるのは束の間だった。オルガが反対側にシャニを転がしたのだ。当然自分のところにシャニの腕は戻ってきてしまう。
「え、あ、ちょっ!?ちょっと待てよ!」
「あーン?」
 クロトは慌てて、布団に潜り込み、既に眠る体勢になっていたオルガを呼んだ。
「ボクも重いのは一緒なんだけど」
 “っていうか普通に考えたらボクのほうが重いってわかんないワケ!” と、一気に捲くし立て、クロトはシャニの身体をオルガのほうに寄せ、先程と同じ状態に戻した。
「知るかよ!良いじゃねーか。お前チビだから場所取らねーし、大丈夫だ」
 しかしオルガも負けじと “俺はそれで無くても狭いんだよ” と、反論する。チビ、と気にしている身長のことを言われ、クロトの眉間に縦皺が刻まれた。クロトはムキになってシャニの体をぐいぐいとオルガのほうに寄せた。
「だーッ!やめろ!てめぇ!」
「いつもシャニの世話焼いてるのはオルガだろ?ボクの役目じゃないんだよ」
「アホか!それとこれは話が別だ!」
「……いた、痛い…」
 ぎゃーぎゃーと喧しく二人の言い争いが始まる。そしてその言い争い中に小さく呻き声が混じったことに、二人は気付かなかった。
「大体オルガは無駄に図体デカいんだからシャニの細腕乗っかっても平気じゃーん」
「おうおう、そうだなァ。てめぇはシャニよりチビだもんな」
「て、てめー!またチビって言いやがった」
「あぁン?ムキになんのは図星さされていますーって言ってるようなもんだぜ」
「…オルガ!抹殺!」
「ハッ…!当たるかよ」
 長い長い言い争いの果て、クロトの枕が宙を舞った。
 そしてオルガがそれをひょい、と避けた瞬間――。
「うざ〜〜〜い!眠れない!うざい、うざいッ」
 普段声を荒げないシャニの怒声が室内に響き渡った。
「「しゃ、に…?」」
 二人の動きが同時に止まり、二人の視線が同時にシャニへと注がれる。
 シャニの顔は、眠気も手伝ってか、もの凄い人相になっていた。背後にドロンドロンとどす黒く禍々しいオーラが見える。クロトとオルガは顔を見合わせ、青褪めた。
「しゃ、シャニ。ゴメンね?」
「悪い、もう静かにするからな」
 あわあわと、ご機嫌を取りに来た二人に、シャニは ‘眠いよ〜…眠たいよぉ’ と、子供のように愚図る。オルガが背中を撫でて、抱きしめてやると、程無くして、すよすよと規則正しい寝息が聞こえ出した。
 クロトとオルガはもう一度顔を見合わせ、ほう、と安堵の息をついた。
「こ、恐かったねぇ…」
「シャニは怒らさないほうが良いな」
 ぼそぼそと小さな声で一言二言会話が交わされる。あどけない寝顔を覗き込むと、毒気を抜かれて、先程あんなに怒っていたことも馬鹿らしくなってしまった。
「あー寝るか」
 シャニの頬をくすぐり、オルガが苦笑する。
「うん」
 クロトもシャニはしょーがないな、と言うように肩を竦めた後、オルガの意見に首を縦に振った。

 翌日 ―― 仲良く川の字に並んで、気持ち良さそうな寝息をたてている三人の姿があったという。



END


2005.08.04