不香の


 春夏秋冬、季節は巡る。
 新年 ―― 巡る時間のひと区切りに、白く輝く花を、天から君に贈ろう。

「オレ達には誕生日ないのに」

 それはクリスマスで浮き立つ街並みを眺めながら…
 シャニがポツリと呟いた言葉。

(やれやれ。苦労して外出許可をもぎ取ったのにずっと浮かない顔をしてんな…と、思ったぜ)

 オルガは小さくため息をついた。

「別に必要ないだろ」

 冷たく言ったつもりは無かったのだが、オルガの言葉を聞いて、綺麗に飾り付けされたイルミネーションの前に立ち止まったまま
 シャニは俯いてしまう。

「でも…」

 このままほうって置くとお得意のだだっこ化しそうな気がして、シャニから少し進んだ場所に立ち止まり、オルガはいじけている恋人を振り返った。

「欲しいのか誕生日?」

 問い掛ければ首がコクンと縦に振られる。
 少し考えを巡らせてオルガはいい事を思いついた。

「じゃあ俺が決めてやるよ」
「え?」

 唐突に言われた言葉。シャニは顔を上げて驚いたように瞳を瞬いた。

「お前の誕生日は1月1日な」

 でも、驚くシャニに構わず、オルガは言葉を続けると、あっさり恋人の誕生日を決めてしまったのだ。
 急な展開について行けなくて、ぽかん…と、しているシャニ。
 オルガはふわふわの前髪の上から額を軽く小突いた。

「不満なのかよ?」

 シャニの顔は不満と言うより驚きで困っている感が強い。
 何故その日なの?とアメジストの瞳が問い掛けてきた。

「んー昔の人は年明けと同時に皆年を取るんだったらしいぜ。
 だから俺たちも一緒な」
「ふ〜〜ん…初めて知ったよぉ」

 沢山の本を読み、少なくとも自分やクロトよりは教養を積んでいるオルガ。
 彼らしい返答にシャニはふふっと微笑った。

「ま・そりゃあそうだろうなァ。一つ賢くなったゼ。良かったな」

 からかう様な少し馬鹿にしたような言い方。
 シャニはむぅ…と頬を膨らませた。

「俺と一緒で嬉しいだろ?シャニ」

 でも当の本人に悪気は全くなかった様子で、カラカラと笑いながら、シャニの頬にちゅっと口付けた。
 少し誤魔化された感がしなくもないが、シャニは優しいキスが嬉しくて "まぁ、良いや" と、表情を綻ばせるのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そんな出来事があった後 ―― 可愛い恋人の柔らかい髪をくしゃくしゃっと撫ぜながら "なぁ、シャニ…明日外を見てろよ。良いモンやるから" と、オルガが不敵に笑ったのは大晦日の夜だった。

「んー??わかったぁ」

 脈絡のない話にシャニは不思議そうに首を傾げたものの素直に良い子のお返事してコクンと頷く。
 そして新年の朝 ―― シャニはオルガの腕の中にすっぽりと収まったまま窓の外を見ていた。

(なんにもないじゃん)

 昨夜オルガに言われたとおり外をじーっと見る。
 待つことが嫌いなシャニだが、この時は辛抱強く待っていた。
 でも、窓の外は木枯らしが吹いているだけだ。
 いつもは多少賑わっている研究所も、まるで人の気配が感じられず
 しんと静まり返っていた。

(つまんない)

 窓の外を眺めるという行動に、飽き性のシャニが根を上げるのは早かった。
 何があるのか問い掛けようにも、外を見るように言った当の本人は未だ深い眠りの世界に居るのだ。
 オルガを起こそうとして頬っぺたを引っ張ったりしてみたが、抱きしめてくれている腕の力が少し強まっただけだった。
 シャニは不満に頬を膨らませると、頭まで布団を被り、たくましい胸板に擦り寄って、瞼を閉じる。
 うとうと…と、シャニの意識がもう一度眠り堕ちていった。

「おい、おーい、シャニッ」

 二度寝の後 ―― シャニが目覚めたのは丁度お昼前だった。
 オルガにゆさゆさと肩を揺すられて意識が浮上する。
 重力と共に圧し掛かってくる瞼をなんとか抉じ開けると目の前の人物と視線がかち合った。

「おるが」

 寝惚け眼でアクア色の瞳を見つめながら腕を伸ばす。
 暗に "起こして〜" と甘えているシャニに、オルガは笑みを零すと力強く華奢な身体を抱き起こしてやった。

「ったく ―― 外見なかったのかよ?」

 寝起きでぽんやり…としているシャニの覚醒を促すため
 若草色の頭をかき混ぜながら問い掛ける。

「え〜ちゃんと見たよぉ…でも、なんにもなかったし…つまんなかった」

 オルガの発言に、シャニは "しつれいな" と、眉をひそめて、口を尖らせる。

「ふーん…早かったかな。じゃあもう一回見てみろよ」

 オルガは意味深な台詞を小さく呟いて、ひとりで納得すると、シャニを抱きかかえた。
 きょとん、としているシャニの頬っぺたを指先で軽く突付き、窓際に歩み寄ると、窓を開け放つ。
 途端冷たい風が部屋の中に入ってきて、シャニは驚きと寒さに肩を竦めた。

「うぅぅ…寒いッ!しめてよぉ」

 冷たい空気に触れて鼻先と耳が急激に冷たくなる。
 シャニはぎゅっと目を閉じて、オルガの首に腕を回すと、彼に擦り寄り、暖を求めた。

「おいおいおい…ちゃんと見ろって」

 けど、オルガはそれを許さずに、密着してきたシャニをバリッと剥がして、窓の外を指差した。
 シャニは不満そうにう゛ー…と、唸りながら彼の指の先を見る。
 すると、視界にひらひらとした白いものが飛び込んできた。

「あ…」

 白いものの正体は雪だった。
 それに気付いたシャニは、先程までと打って変わって寒さにも構わず窓の外に身を乗り出す。
 急に前へと体重を掛けられて、シャニの身体はオルガの両腕からずり落ちそうになった。

「馬鹿、ッ!落ちるぞ?!」

 オルガは慌ててシャニの身体を己のほうへと引き寄せる。

「あわ…ゴメンね」
「危ねェだろ」

 口では謝っているもののシャニは雪に触れようと身体を乗り出したままだ。
 オルガは "しゃーねぇな" と小さく呟いて、靴を履くと、窓から部屋の外に出た。
 するとシャニは嬉しそうに笑って、今度は空へと腕を伸ばした。
 人の体温に触れると雪は直ぐに液体状になってしまう。
 それでも濡れた手のひらを眺めてシャニは満足そうだった。
 シャニは綺麗なものが好きだから当然雪も好きだったりする。
 あまりにわかり易過ぎる好みに昔は大いに呆れたものだ。
 オルガは記憶の片隅で霞み掛けている過去のことを必死で思い出しながら
 シャニの額に自分の額を擦り付けた。

(この記憶もきっとまた消えちまう…)

 アクア色の瞳が哀しそうに揺らいだ。

「オルガ、雪っ、雪。キレイだね」

 一瞬思考が暗い方向へと向かったが、子供のようにはしゃぐシャニの声を聞き、オルガは正気を取り戻した。
 嬉しそうなシャニを見ていて、嫌な気分がする筈もない。
 オルガは彼を喜ばす為に、昨夜の天気予報を聞いた後 "外を見ろ" と告げたのだ。
 結果は上出来過ぎるくらいだった。

「ああ、そうだな。綺麗だ」

 半分位引っくり返りそうになりながらはしゃぐシャニに応えて、オルガはすぐ傍の窓の縁に腰を掛けた。
 そして未だ興奮冷めぬ若草色の髪についている雪を掃ってやった。

「満足したか?」
「うんっ」

 自分の問い掛けに大きく頷いたシャニを、オルガはぎゅっと抱きしめて、耳元で小さく囁いた。

「シャニ…誕生日、おめでとう」
「オルガもおめでとー」

 記憶の彼方に消えてしまった生まれてきた日をお互いに祝う。
 2人とも初めて言われた祝福の言葉はなにやら妙にこそばゆくて
 シャニは "なんか変だよ" と、ちょっぴり真剣にぼやきながら
 かじかんで赤くなった頬に手のひらを当てていた。

 その頬が、本当に寒くて赤かったのか、それとも恥ずかしくて赤かったのか
 真実はオルガしか知らない。


END


題名の "不香の花" とは雪の別称です。
年賀企画用に書いたお話で私的にとてもお気に入りのSS。

04.12.30