赤信号
赤いシグナル。
赤は止まれだ。
パイロット待機室に行くと、アイマスクを装着して、すよすよと規則正しい寝息をたてているシャニが居た。
相変わらずの寝相で思いっきりソファを占領している。
「シャニ!起きろって。邪魔ッ」
クロトは盛大にため息を吐くと、コバルト・グリーンの頭をベシッと叩いた。
シャニは余程深い眠りに堕ちているのか、まったく目を覚まさない。
(だー!起きやしねぇ…!僕の座る場所が無いじゃんか)
ぐぬぬ、と口許をへの字に曲げて、ソファの前にある机の上にどかっと座った。
本来座る為にあるものではない机の上は冷たくて、硬い。
じとり、と恨めし気に、シャニを睨み付けたが、気持ち良さそうな寝息が乱れることは無かった。
手にしていた携帯ゲームをする気分も削がれてしまって、なんとなくシャニのことを観察する。
( "あれ" 邪魔だな…)
そして不意に寝顔を半分以上隠しているアイマスクを邪魔だと思った。
机から立ち上がり、手を伸ばす。
そっとアイマスクを取っ払った。
シャニの顔がよく見えるようになったことに満足して、改めて、寝顔を眺める。
もしも本人が起きていたなら "悪趣味" と言われることは、間違いないだろう。
穏やかな表情をして眠っているシャニを少し意外だと思った。
(ふーん、寝てると僕より幼いんじゃない?)
普段子供扱いされることをクロトは少し根に持っていた。
身動ぎひとつしないシャニに、ちょっとやそっとじゃ起きないな、と確信して、普段触れない頬や髪に触れる。
(柔らか…)
少し赤味のさした頬っぺたをぷにぷにと突っついて、指先を少しずつ降下させて行くと、薄く開いている唇に辿り着いた。
ほんのりあたたかい "それ" に触れた瞬間、鼓動が跳ねた。
(な、なんだ……これ…)
ドクドクドク…と耳まで聴こえて来る心音に動揺する。
「ん……?」
しかも動揺に拍車をかけるように、シャニの瞼が開く。
クロトは触れていた唇から慌てて手を離した。
「く、ろと?」
まだ半分以上寝惚けている声が自分の名前を呼んだ。
先程よりも鼓動が大きくなる。
軍服の上から高鳴る胸を押さえて、その場から逃げ出した。
部屋を飛び出す瞬間、シャニがもう一度名前を呼んでくれた気がしたけど、振り向いてはいけないと思った。
一瞬でも振り向いたらこの想いを抑える事が出来ないと悟ってしまった。
赤いシグナルが止まれと警告しているのに、とても歯止めなんて利きそうもない熱い想いが、今はただ恐ろしかった。