沈黙
喋らなくても想いが伝わる。そんな関係になりたいと思った。
「えー無理」
しかしクロトのその想いは、顔は可愛い癖して、口はきつーい恋人に、一刀両断されてしまう。
「…ッ!シャニ!あのさ、こういう時は普通 『そうだね』 って可愛く答えるもんなんだよ!」
「そうなのぉ?だって無理じゃん。クロトって夢見る乙女なんだね」
思わず逆ギレして金切り声で文句を言う。しかしシャニは堪えない。本音なのか、馬鹿にしているのか、判別のつかない台詞まで言われてしまった。
「可愛いんだね」
そして終いには頭を撫で撫でされて子ども扱いされる。
クロトの中でパリーンと何かが割れた。
「しゃ、シャニー!僕はもうお前なんか知らない!」
ちょっとイッちゃった血走った目でシャニを睨み付け、顔に指先を突きつけて、クロトは部屋から飛び出そうとする。
クロトの行動を、後ろからぎゅっと抱きついて、シャニは引き止めた。
「な、離せぇぇ!」
ジタバタと暴れるクロトに、シャニは小さくため息をつくと、彼の行動を封じるように、腕に力を込めた。
流石に苦しかったのか、クロトの口から 『ぐえ…』 と零れる。
「ちょ、シャニ!苦しいって」
「……」
この細腕の何処にこんな力があるのか。クロトはバシバシとシャニの腕を叩いて、外すように、訴えた。
しかしシャニはシーンと黙りこくっているだけで何も答えない。
「シャニ…?」
「………」
クロトはもう一度シャニの名前を呼んでみた。返答は無い。
後ろから抱きつかれている為表情も伺えない。
シャニのことが何もわからない。
わからないと言うのは恐い。
クロトは急に不安になった。
「何だよ……シャニ…。なんか言えよ」
情けないくらい声が震えてしまう。クロトの様子の変化に、シャニの腕の力が弱まった。肩を引かれて、くるりと体を反転させられる。
今度は正面からぎゅっと抱きしめられた。
「ほらね、無理だもん。言葉にしなきゃなんにもわかんないよ」
「うん…」
耳元で優しい声音が響く。クロトは納得して頷くしかなかった。
「…クロト、可愛いね」
「なんだよ、それ」
柔らかく微笑って、クロトは素直で可愛い、と頭を撫でてくれるシャニ。
照れ隠しでクロトは頬を膨らませた。
そして細い体を強く抱き返す。
もう喋らなくても気持ちは伝わっていると思った。
想いは伝わり難いものだ。
だからこそ人は喋るのだろう。言葉を紡ぐのだろう。
想いが通じ合った後の沈黙が心地良いと思えるように ――