チェス
      
        国


 白と黒。勝者と敗者。チェス盤の上は戦場だ。
 幾度となく大切な仲間を失くしてきただろう。
 次の戦いが憂鬱で(キング)のシャニは小さくため息をついた。

「オレも戦いたいなァ…。皆が頑張ってるのに何もしないで見てんの辛いよ?」

「王――否、シャニ…俺たちはお前を護るために存在している。
 役目を否定されたら哀しいぜ?」

 しょんぼりしつつ本音を告げると僧正(ビショップ)のオルガに怒られてしまった。
 否、怒られたと言っても優しく諭されたと言った方が正しいかもしれない。
 チェス盤の上での王ははっきり言って戦いの決め手にはならない。
 先陣をきって出撃するワケでもない。
 ただ護られるだけの存在。
 そんな概念がシャニの心の中に暗い影を落としていた。
 椅子に座ったまま項垂れているシャニの前に傅くとオルガはそっと手を握る。
 普段は名前で呼んでよぉ…と、子供のように駄々を捏ねる王のお願い
 (オルガは命令だと認識しているようだが) を忠実に守ってくれる彼を見るシャニの瞳は普通のものとは違っていた。
 オルガはシャニにとって特別な存在。
 チェス盤の上だけでなくいつも優しく自分を見守ってくれる人。
 とても愛しい存在。
 勿論、シャニがその想いを口に出したことは一度もなかったけれど…。

「オルガはオレが王だから優しくしてくれんの?」

 ぽつっと前々から思っていた疑問を口に出すとオルガの表情が一瞬強張った。
 それに気付いたシャニは言わなきゃ良かった…と、とても後悔した。
 何処か哀しそうな表情で自分を見つめてくるオルガにシャニはなんと言っていいのかわからなかった。
 懸命に言葉を探したけど、焦れば焦る程、上手く言葉が出てこない。

「あ……ゴメンね。もう下がって良いよ」

 そしてシャニはついオルガに下がるように命じてしまう。
 オルガは一瞬躊躇したものの王の命令に逆らうわけにもいかないので、失礼します…と頭を垂れた。
 そのままその場を後にしようとした、が…――王室の扉の前でオルガはぴたりと立ち止まった。
 すっと踵を返すとアクア色の瞳がシャニを捉えた。

「シャニッ!お前を護りたいと思うのは俺の意思だ。
 俺が優しくしたいと思うのもお前だけだ!
 役所や命令なんて関係ないッ!
 それだけはわかってくれよ…」

 普段は冷静なオルガが珍しく声を荒げる。シャニが驚いて瞳を瞬いている間に、早歩きで先程まで居た場所まで戻ってくると、その場にもう一度傅いた。

「シャニ……好きなんだ。だからお前は俺が護りたい」

 指先に降って来た羽根のような口付けと共に言われた言葉にシャニの瞳が見る見るうちに潤んでいく。
 気付いたときにはシャニのほうからオルガにぎゅっと抱き付いていた。

「オレもオルガが好き、大好き…!だからだから何処にも行っちゃ駄目だよ」

「ああ、約束する。何があっても俺は負けない。シャニの許に戻ってくるよ」

 この誓いの通り――…後にシャニが率いる軍が負けることは一度もなく
 とくに僧正であるオルガの活躍は目を瞠るものがあった。

 僧正は愛しい(ひと)を見事に護り抜いたのでした。



END


u さんに捧げた小説 (ちょこっと手直し版) 種のチェスは萌えるよね〜というお話から出来ました。
私的にとってもお気に入りのお話です。続編も書きたいなぁ、と思いつつ

2005.01.27