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   ぎゅっ
 たとえばそれは、誰かと一緒に眠ることが出来たり
 たとえばそれは、誰かに抱っこしてもらって、遠くの世界を見せてもらうことだったり
 たとえばそれは、誰かに無条件に甘えて良かったり

 子供だったら当たり前に与えられるものだって……
 でも、オレは、その当たり前のことを与えてくれる人を失くしてしまった。
 だからもう無理なんだと思っていた。


     * * *


 ときどき夜中に、ふっと意識が浮上して、目が覚める。

 真っ黒い天井が視界に飛び込んできて、薄い掛け布団の端をぎゅっと、握りしめる。

 ぎゅっと目を閉じて

 早く
 早く

 もう一回眠らなきゃ…って、思う。

 でも、こんなとき、夢の住人はいじわるで、
 オレをなかなか眠りの世界に誘ってくれない。

 だからついついもう一回目を開けてしまう。

 眼前に広がるのは、やっぱり真っ暗闇の世界しかなくて、もそもそと上体を起こした。

 布団ごと、ずるずると移動して、ほんのりと月明かりが射し込んでいる扉のほうに向う。

 するとその途中で、なにかに躓いた。

「あうっ」
「いてっ!」

 ずでん、とすっ転んで、下にいた塊の上に乗っかってしまう。
 オレがうーん、と痛みに堪えていると、塊も痛みを訴えてきた。

「ゆんゆん……?」
「だーお前、危ねぇな。何やってんだ」

 下にいた塊は、ゆんゆんで…
 あれ?ゆんゆん?
 いつの間に来たんだろう、と首を傾げる。
 オレが寝始めたときには、居なかったと思うんだけど……。
 …え?っていうか寝てたとはいえ、全然気付かなかったよ。
 ちょっとショック。
 気配消して、近付かないで欲しい。
 ゆんゆんのほうが断然強いんだって思い知らされて、胸の奥がもやもやムカムカするし…。

「んー?なぁに変な面してんだよ」

 いろいろ考えていたら眉間にシワが寄ってたみたい。
 ゆんゆんにおでこをつんって突っつかれた。

「え…?」

 でも‘どうしてオレが変な顔してるってわかったの’って思って、ゆんゆんは心眼が使えるんだって思い出した。

 この暗闇だと、オレには、ゆんゆんの表情が伺えない。
 あ、なんかずるくない?
 また負けてるみたい。

 でも、ゆんゆん……。
 目が見えないってことは、いつも真っ暗闇の中ってことなんだよね……。
 恐くないのかなって思う。

 立ち上がって、人の影にそっと手を伸ばして、手探りでゆんゆんの鉢巻を探す。
 でも、手は全然違うところを彷徨っているみたいで、途中でゆんゆんの鼻先に当たった。
 ちょっと背伸びして、ぺたぺたと目元の辺りを触っていると、ゆんゆんはオレを膝の上に抱っこしてくれた。

「……螢惑?」

「…ゆんゆん。真っ暗こわくない?」

「ん?お前恐かったのか」

「……違う。
 ゆんゆん目が見えないから
 恐いんじゃないかなって心配してあげてる」

「おお、そりゃどうも。
 ってべつに恐くねぇって」

「ホントに」

「おう」

「嘘ついてない?」

「おう」

「…全然恐くないの?」

 オレはいっぱい質問をして、いつの間にかゆんゆんの首に腕を回して、齧り付いてた。
 服に鼻先を擦り付けて、くんくんすると、ゆんゆんの匂いが胸いっぱいに広がる。

「あーそうだな。今ひとりじゃねーし、やっぱ恐くねぇな」

 大きな手がぽんぽんと一定のリズムで、オレの背中を撫でる。

「……オレがいるから?」

「そうだな」

「そっか」

「オラ、もう寝ろ」

「うん」

 ゆんゆんは布団ごとオレの体を抱きしめて、もう一度横になった。

「ゆ、ゆんゆん…苦しいよ…」

「ン?そんなに強く抱きしめてねぇぞ」

「ゆんゆん、なんか鼻の奥が痛いよ」

「……風邪かもな。とっとと寝ちまえ」

「…うん」

 鼻の奥がじぃんと熱くて、痛くて、
 しゃっくりみたいなやつが喉をせり上がって来て、苦しかったけど
 ゆんゆんがよしよしって、何度も背中を擦ってくれたから
 だんだん楽になってきた……。

 そんで気付いたら寝ちゃってた。

 誰かと眠るなんて、いったいどれ位ぶりだろ…。

 ゆんゆんの腕の中は、あったかくて、とっても気持ち良かった。


     * * *


 たとえばそれは、誰かと一緒に眠ることが出来たり
 たとえばそれは、誰かに抱っこしてもらって、遠くの世界を見せてもらうことだったり
 たとえばそれは、誰かに無条件に甘えて良かったり

 子供の頃、当たり前に与えられる筈だったものは、全部ゆんゆんがくれた。

 誰も気付かないけど
 誰にも言わないけど
 オレは、その思い出を心の中で、ずうっと
 ぎゅって抱きしめてる。


END


時は8月。日参サイトさまで可愛らしい子ほたとゆんゆんを見て‘きゅーん’としたのです。
そして怒涛の勢いで完成したお話。

2005.09.18