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月光
夜遅く、風がかたかたと戸を揺らす。辰伶はその音に目を覚ますと、寝台から抜けだし、縁側に移動した。 ゆっくりと空を見上げた。 夜空には三日月が浮かんでいた。 しばらく金色の光りを見つめる。 冷たい風が頬を撫で、過ぎていく。 朧げに揺れ、闇の海にひとり漂う 『月の光り』 を見ると思い出す。 「ほたる……」 普段呼ばないほうの名で想い人を呼んだ。 月はあいつに似ている。 満ちて、欠けて、移ろい易い。手を伸ばせば、捉えられる様な錯覚さえするのに、本当は届く筈のない場所にいる。一見冷たそうに見えるのに、闇夜をほのかに照らす淡い光は、ギラギラと照りつける太陽の光りと異なり、柔らかい。 冷たい夜風が吹きつけて、闇色に染まった雲が流れる。月が隠れた。辰伶の許に金色の光りが届かなくなる。 夜の淵に飲み込まれそうだ、と、ふいに思った。 「…ほたる……お前は今何を見ている?」 外の世界に居る異母弟の許にも続いているだろう空を、幾度も見上げて、呟いた言葉は、月の光りだけが知っていた。 |