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嫌い
「水嫌い…」 辰伶が水龍を操っていると、隣でその様子を見つめていたほたるが、ぽつりと、そう呟いた。 ほたるは昔から "水は嫌い" とよく言う。 (勿論辰伶とて炎が好きな訳ではなかったが) 彼に "嫌い" と、言われる度に胸が痛くて仕方なかった。 如何して胸が痛むのか――? 理由は何と無くわかっていた。 ただ認めたくなかったからその感情に蓋をした。 一度この感情を認めてしまったらもう後戻りが出来ない気がして――。 辰伶は恐かったのかもしれない。 「なに?変な顔して。眉間に皺寄ってるよ」 そんなことをぐるぐると考えていると、ほたるがふわり…と近付いて来て、辰伶の眉間を指先で突付いた。 なんだか馬鹿にされているようだ。 「あ、辰伶の眉間に皺が寄ってんのはいつものことか」 だが、たかが眉間を突付かれた位で怒るのも馬鹿らしい、と思い、辰伶は怒りを静めようとしたのだが、目の前の異母弟は "火に油を注ぐ" という例えが相応しい発言を付け加えて来た。 あまり気が長くない辰伶の中で何かが崩れ落ちたのは言うまでもない。 「螢惑!キサマッ!」 「なに?やるの?」 ガキィィン――。と、刃と刃が鍔迫り合う。周囲の空気が一変する。 舞曲水を受け止めて、ほたるはくすり…と、愉しそうに笑った。 空が白むまで死合う。ほたるはそれはもう生き生きと愉しそうに。 辰伶はいつものように眉間に皺を寄せたまま。 互いに体力の限界を迎えると2人は同時に膝をついた。 「疲れた…」 地面に四肢を投げ出して、ほたるがぽつりと呟く。 その科白を聞いて、それはこっちの科白だ、と辰伶は言い返そうとした。 上体を起こして、視線を動かすと、焔色の双眸がじっと此方を見ていることに気付いた。 口許には先程と同じように愉しそうな笑みが浮かんでいる。 辰伶には、普段からほたるの考えていることがわからないのだが、今日はいつもに増してわからない気がする。 「辰伶」 「なんだ?」 訝しげな表情で、自分を見つめてくる異母兄の名前を、ほたるは呼んだ。 「落ち込まないでよ、こっちの調子が狂うから」 何も考えていないようで、物事の本質を見抜いているのがほたるだ。 異母兄の様子が変なこと位、疾うにわかりきっていた。 (落ち込んでいる?オレが?一体何に?) 辰伶の中を、異母弟の科白が廻る。考えるまでもない。答えは直に出た。 ほたるに "嫌い" と言われたから自分は落ち込んでいるのだ。 昔は数え切れない程何度も言われた。 その度に、自分が落ち込んでいたとは思えない。 けれど、今の自分は確かに落ち込んでいる。 認めたくない感情。 でも、図星をつかれて、辰伶の頬にカッと朱が走った。 「は?なっ、誰がッ!」 「水は今でも嫌いだけど…」 辰伶は言い訳めいた科白を発し掛けて、それをほたるに遮られた。 「今のお前はそんなに嫌いじゃない」 さらりと告げられた科白に、辰伶は瞳を丸くする。 告白なんて可愛らしいモノでは無かったが、壬生を嫌う異母弟の中で、自分は "嫌いじゃない" と認識してくれているのだ、と知って、嬉しくなった。 「もっと可愛げに言えんのか」 「えーそんなオレ、気持ち悪いでしょ?」 文句を言うと、負けじと返って来る言葉に、辰伶の口許が弧を描いた。 |