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甘える

 ――甘え方なんてオレは知らない。

(眠い…)

 漆黒の空にぽっかりと浮かぶ月を見上げながらふいにそう思った。
 丁度隣に在った肩にコテン…と頭を乗っけてみる。
 邪魔だって怒られるかと思ったけど、雑務をこなしている辰伶は何も言って来なかった。
 ただ手のひらがオレの金糸を掬うように優しく頭を撫ぜた。
 その感触が思いの他心地好くて、つい甘えるように擦り寄ってしまう。
 なんだろ。
 こんなのはオレらしくない。

「眠いのか?」

 全く似ていないオレたちが唯一同じと言える琥珀色の双眸が此方を見る。
 自然と重たくなる瞼を感じて、問い掛けに、肯定の返事を返した。

「眠たい…」

「先に眠ったら如何だ?」

 優しい手のひらと同じような柔らかい口調でそう言われて、そのままずるずると辰伶に体重を預けていった。
 オレの頭がぽてっと落ちたのは辰伶の膝の上。寝易い場所を探して、頭をころころと移動させてみる。

「まったく…キサマはじっとしていられないのか?」

 今度は呆れたように言われてしまった。

「しんれぇ…膝固い」

 不満に口を尖らせて文句を言うと、眠気も手伝って、少し舌足らずな声になる。

「喧しい。男の膝枕なんかで寝ようとするキサマが悪い」

 辰伶はオレの不満を左耳から右耳に流して取り合ってくれない。

「文句があるなら寝台で寝るんだな」

 そうして続けられた言葉にオレは頬を無意識の内に膨らませた。
 提案された意見は尤もだけど其れじゃあ駄目。
 だって――。

「辰伶…まだ起きてるんでしょ?」

「ああ、もう少しな」

 こういう時の辰伶の "もう少し" は当てにならない。
 仕事を片付けるのに集中し過ぎて、気付けば朝になっているって可能性も十分に有り得ると思った。

「じゃあここに居る」

 文句はしっかり言って、それでも辰伶の着物をぎゅっと握ったまま動こうとしないオレに、上から小さなため息が降って来た。
 オレは気にせず瞼を閉じる。

「後で寝所に移動するから目が覚めても知らんぞ」

 暗に "後で運ぶからな" と、告げられて、きっと辰伶ならオレを起こさずに運ぶこと位造作無いこと。

「うん、わかった」

 だから納得して小さく頷く。

「おやすみ、螢惑」

 額に優しい接吻けが降って来たのを感じながらオレの意識は堕ちて行った。



 甘え方なんてオレは知らない。そしてこれからも知ることは無い。
 異母兄(しんれい)が無意識に甘やかしてくれない限りは――。



END


記念すべき (?) 辰ほた (というかKYO) 初書き小説です。
2005.02.XX