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傷痕

 寝台に腰を掛けて、読書に耽っていると、華奢で細い指先が、広くたくましい背中に、そっと触れた。
「どうした?」
 先程まで爆睡していた異母弟が起き抜けに起こした行動を不思議に思って、辰伶は肩口越しに見える金色に問い掛けた。
 ほたるは小さく "傷…" とだけ答えた。
「傷?」
 ほたるが触れているところは肩よりも少し下の辺りだ。
 鏡にでも映さない限り辰伶には見えない死角。
 そんなところに怪我をした覚えはないがな…と、辰伶は軽く首を傾げた。
「痛そう…」
 しかしほたるは本当に心配そうな声音で呟く。
 そして辰伶の胸元に両腕を回して抱きついた。
 頬をすり寄せられ、緩くウエーブのかかった柔らかい髪が、辰伶の背をくすぐる。
 引っ掻き傷のような傷痕は、真新しいもの、出来てから何日も経過していそうなもの、と様々だった。
「螢惑…?」
 胸元に回された手に己の手を重ねる。
 表情が見えない分ほたるの様子がとても気になった。
 そっと重ねられた手に、何か思うところでもあったのか、ほたるは背中の傷痕に舌を這わせ出した。
 ぴちゃ…と、淫猥な水音が響く。
 まるで情事のときを彷彿させるほたるの行動と、水音に、辰伶は傷が出来た理由 (ワケ) にようやく気が付いた。
(ああ、そういうことか…)
 口許に弧を描く。
「螢惑。別に痛くないんだが?」
「でも……」
 胸元の腕を解かせて片腕を引っ張る。
 正面にずるずると移動してきたほたるをぎゅっと抱きしめた。
「沢山あるほうが嬉しいがな」
「バカ…」
 くすくすと楽しそうに囁いてきた辰伶にほたるの眉がツリ上がる。
 抱き返してきた手は背中に軽く爪を立てた。
 棒読み口調で罵倒しつつもほたるの頬は朱色に染まっていた。

 お前にのこされるモノならば、傷痕さえ、愛しく思えた。



END


2005.06.03