この世界に必要とされている命なんて無い。
どんな命にも意味なんて無い。
闘いが終わった。
長いようで、短い闘いが。
刹那の内に過ぎ去った人たちを悼み、辰伶は曙色の空を見ていた。
ほたるは、深い哀しみが凝っている辰伶の瞳に気付いた。
胸がぎゅっとする。同調したワケではない。唯、辰伶が世界の終わりみたいな顔をしていることが、哀しい。
どうしよう、とすこし思考を巡廻させ、考えていても埒が明かない、と思い直し、辰伶の後ろに座り込むと、その背にそっと体重を預けた。
肩越しに見える金糸の髪が、ふわふわと辰伶の首筋をくすぐる。
ねえ、辰伶。
もし、明日
自分が粉になって消えてしまったとしたら
いったい誰が哀しんでくれる?
大切に想ってくれている人でさえ、知らなければ哀しまない。
遠い、遠い地で、オレの命の灯火が消えたら
お前もきっと気付かないし、わからないよ。
言葉を紡ぎ出したほたるに、辰伶の意識は現実に引き戻された。
いつまでも哀しみに耽っている場合ではないと理解している。でも、感情がそれに追いつかない。心が拒絶する。
かの人が、
あんなにもあんなにも
刹那に逝ってしまわれたことを認めたくない自分が居た。
生き物とは残酷な存在 (モノ) だな。
それとも
心があるから
そんな風に思ってしまうのか。
うん、そうかもね。
オレたちは人形だけど
心はあるみたいだし。
心が在るということは、苦しいものだな…。
形見である刀を抱いている手に、ぎゅっと力が籠った。
きっと情けない顔をしているだろうな、と思う。
そんな顔を見られるのは嫌だ。でも、ほたるの存在を確かめたくて堪らない。
辰伶はさっと振り向き、ほたるの体を抱き寄せた。
華奢な体を、骨が折れるんじゃないかと言うほどの力で抱きしめる。
ほたるは痛みに僅かに眉を顰めた。でも、辰伶の為すがままにさせてやった。
うん、苦しいね…。
でも、
心があるからこそ
意味を探しながら生きれるんじゃない?
辰伶の涙も心があるから流れるんじゃない?
耳元で響く声が、心にも響き渡り、沁みていく。
ほたるの言葉が、哀しみに凝っていた心を溶かして行く。
辰伶の腕の力がふっと緩んだ。
誰にも必要とされない命なら
見つければ良い。
自分の居場所と、生きる意味を
―― …。
大丈夫。
お前にはちゃんとある。
あの人に、託されたものがあるでしょ?
吹雪の話を出すのはすこし恐かった。
余計に辰伶の心をズタズタにしてしまうのではないのかと思い、でも、これを乗り越えなければきっと前には進めない。
もう一度立ち上がれない。
そう思ったから
どうか
どうか
夜の淵に飲み込まれないで、もう朝は目の前だよ、
早くいつもの辰伶に戻ってよ、とほたるは祈るように願いながら、言葉を続けた。
…だからっ
しっかりしてよ、馬鹿。
お前がしゃんとしてなきゃ、何にもならないよ。
最後のほうは、まるで叱られているようだった。
弟に教えられるなんて、不甲斐無い兄だな、と辰伶は己を自嘲する。
でも、ほたるの胸が温かくて、髪を撫でてくれる手が優しいから
格好の悪い。そして情けない異母兄ですまない、と思いながらも
もうしばらくこのままで居て欲しかった。
…そうだな。
しっかりする。ちゃんとするさ、皆の前では…。
でも、今はもう少し……。
…うん、しょうがないから良いよ。
お前が泣き止むまで、抱っこしててあげる。
曙色の空が、澄み切った空色に変わるまで、ほたるは辰伶を抱きしめていた。
この闘いで感じた苦しみが、癒える日はきっと来ない。
苦しみも哀しみも抱いて、生きていくしかない。
互いのぬくもりを支えにしながら
―― …。