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シークレット

「さぁ、貴方の秘密を教えなさい」
 それが四聖天・灯の常套句。
 ウキウキと楽しそうな彼女 (正確には彼) を前に、ほたるは眉を顰めた。
 怪我をする。秘密を話す。治療をして貰う。その繰り返し。秘密の小箱の中身も尽きてしまうと言うものだ。
「もうないよ、灯ちゃん…」
 まぁ、つまり困ったことに、ほたるは、灯に話せる様な秘密が無くなってしまったのだ。
「何言ってんのよ!ほたる〜。アンタの場合忘れっぽいから思い出せないだけよ。なんかあるでしょ!頑張って思い出すのよ!」
 "治療しないわよ" と、脅されて、やっぱり困り果ててしまう。
「えー…でも、無いし」
 普段働かせない脳をフル回転させてみる。むーとした表情のまま秘密を探しているほたるを灯は辛抱強く待ってくれた。
「あ」
「何かあった?」
「うん、あった。でも――…」
 何か思いついた様子なのに、言うのを躊躇うほたるに、灯は珍しいわね、と思う反面、その秘密がとても気になった。
「でもぉ…じゃないの!秘密があるんなら話さなきゃ駄目よ」
 ゴツゴツと錫杖で額を小突かれる。じゃあ秘密…。無かったほうが良かったじゃん、とほたるは少し思ったが、敢えて口には出さなかった。
「オレね、嫌いなやつがいる」
「嫌いなやつ?」
 灯はきょとん、として、オウム返しに聞き返す。どうせなら好きな人の話のほうが面白いのになーと、ちょっぴり思った。
 ほたるは小さく頷くと、目を伏せて、思い出すのも嫌そうに、一瞬眉を顰めた。
「……そいつって馬鹿で、クソ真面目で、口煩いし、単純だし、傍から見ているとすっごいすっごいムカつく。しかもそいつ…水の使い手だし…」
 一気に捲くし立てるほたる。灯は開いた口が塞がらない。普段何事にも素っ気無い態度しか取らないほたるが、こんな風に、激情に任せて、喋りだすなんて初めてのことだった。
「ふーん、アンタが他人にそういう感情を抱くのは珍しいわね」
「…そう?」
「その人はよっぽど 『特別』 に大嫌いな人物なのね」
 特別という部分を強調して、灯は言った。
「うん、嫌い…。純粋 (ばか) で、真っ直ぐ過ぎて、何かを疑うことすら知らないんだもん。見てんの嫌になる…」
 先程の勢いは何処へ行ったのか。ぽつりぽつり、と何処か独り言のように呟くほたるを見て、灯は困ったように笑った。

 ――ああ、この子は気付いていないんだ。その感情が、本当は、何を意味するのか…。

「ねえ、ほたる。アンタさ、こういう言葉、聞いたこと無い?」

 ――憎しみと愛情は紙一重。

「……。ううん、知らない」
 ほたるは首を横に振った。
「アンタの想いってこの言葉にぴったり当て嵌まると思うわよ」
「え…?」
 ほたるは頭上にハテナを飛ばす。訳がわからない。
 灯は、其れっきりその話を切り上げてしまった。
 にっこりと微笑んで、悪びれる様子もなく 『うん、中々の秘密だったわ』 と、告げ、錫杖を掲げる。淡い光が、ほたるの体に、降り注いだ。
 先程の言葉の真意が、まだ少し気になったが、もう話してくれそうもない。ほたるは諦めた。
「えーと…ありがと、灯ちゃん」
 くるりと一回転して、己の体を見る。傷が癒えていることを確認すると、ほたるは一言お礼を述べた。
 そして踵を返し、高下駄をカラコロと鳴らして、狂たちの許に駆けて行く。

 華奢な背中に、憎悪と哀傷を背負って、生きている彼に、灯は何を伝えたかったのか――。


 ねえ、ほたる…。アンタのその想いは 『嫌い』 じゃなくて 『憧憬』 。きっと自分でも気付かないうちに芽生えた憧れという感情。
 アンタはその人が嫌いなんじゃなくて、自分にないものを持っている相手だから眩しくて、直視できなくなっているだけなのよ。


「とんでもない秘密だったわね、ホントに…」
 灯は、先程とおなじように、困ったように微笑むと、狂、アキラ、梵天丸…。そしてほたるの背中を追った。



END


灯ちゃんとほたるのコンビも好き。
2005.07.03