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あなたが一点の曇りもなく掛けてくれる言葉が、 私を救い上げるのです―― … 四季折々見事な花が咲き乱れる庭園に、小さな庵があった。 柔らかな金糸の髪を持つ女性がひとり、そこの縁側に座り、花畑を眺めていた。 彼女の名は‘姫時’という。 姫時は、表向き療養という名目で、この庭園に閉じ込められていた。造られし者たちの欠陥である病を発病したばかりに。 生来、悲観的になったりしない性格なのだが、如何にも―― … 暇だわ、と思ってしまう。病気だからと言って何も出来ないワケではないのだ。 でも、自分の発病を秘密裏にされている以上、姫時が此処から出ることは赦されない。 つまるところやっぱり暇なのである。 コホ、コホ―― …。 しかも今日は困ったことにあまり体調が良くないようで、咳がよく出る。これでは庭園内の散歩にも行けないではないか。 姫時は、しゅんとし、淋しげに目を伏せた。 秋の気配が深くなってきたので、冷たい風が頬を撫で、柔らかな金糸を揺らす。 病体には、風が吹き付ける縁側より、奥の間の床についていたほうが良いに決まっている。でも、それを判っていながら姫時は動かない。 もうすぐだから―― …。 時計に視線を動かし‘もうすぐだし、大丈夫よね’と自分の体に言い聞かせる。彼女は、この時間帯に縁側に居たい理由があったのだ。 陽が傾き、景色が赤みを帯びるころ、花畑の向こう側から差す影。それに気付き、姫時はバッと立ち上がった。 軽やかな足取りで庭に降り、自分の居城があるのにも係わらず、いちばんに此処に帰ってきてくれる人に駆け寄った。 走るな、というように抱き寄せられ、クスクスと笑みが零れる。 吹雪は心配性ね。 「おかえりなさい、吹雪」 花が綻びるような笑顔を湛え、姫時が告げる。吹雪の双眸がふっと細められた。 だが、その穏やかな表情が何かに気付き、一変した。 大きな手がすっと伸びて来て、姫時の頬に触れる。 頬は冷えていた。 「…冷たいな」 「吹雪の手はあたたかいわね」 頬に温もりを分け与えるようにぴったりと添えられている大きな手に、己の手を重ねて、姫時は倖せそうに微笑んだ。 だが、吹雪の表情は晴れない。姫時の手も冷えている、と気付いてしまったからだ。 吹雪はひとつ息を吐き、姫時の行動を褒めたものではないな、と咎めた。 「これからはもっと寒くなるだろう。中で待っていろ」 吹雪が言うことは正しい。尤もな意見だ。けど‘でも’と口を開き、姫時はせつなげに瞳を揺らした。 「あそこに居ないと吹雪が帰ってきたとき、いちばんに見つけられないわ…」 縁側を指差し、小さく小さく呟かれる言葉。それを聞き、漆黒の瞳が瞠目する。 驚いた。そんな風に思っていたのか。 吹雪の双眸が、再び柔らかに細められた。 「では今度からオレが見つけてやろう」 「え…?」 「オレが誰よりも早く部屋に入れば問題なかろう」 オレがお前を初めに見つける。だからオレを見つけるのもお前が一番だ、と吹雪は言う。 「…お兄様よりも先に帰って来てくれるの?」 「ああ、村正よりも」 「ひしぎさんよりも?」 「…ああ、ひしぎよりもだ」 吹雪は、思わず‘否、ひしぎはオレや村正より先にお前の部屋に入ったりせんだろう’と指摘しそうになり、踏み止まった。 姫時が満足するなら良いと思い、ひとつひとつ丁寧に応える。 「一番初めに行く。必ずだ。 だから部屋で待っていろ、姫時」 「…はい」 吹雪が一寸の迷いもなく告げた言葉に、姫時は泣き出す寸でのような笑顔で応えた。 たくさんの言葉をくれる人ではない。 それでも吹雪がくれるたったひとつの言葉は、いつだって姫時を救い上げる光だ。 約束ね、と微笑む姫時の手をそっと握り、吹雪は静かに頷いた。 END
予定していた話とまったく違うものになって、自分で吃驚です。 |