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罪
使ってはいけない、と止める友の言葉を振り解き、禁忌を犯した。 志しを同じとし、共に壬生を護ってきた部下を殺めた。 何も知らない娘すら利用し、切り捨てた。 その全てが罪と呼ばれ、咎められるべき行為。 罰は当然だ。 甘んじよう。 唯、それでも己の中でお前を救えなかったこと以上の大罪は無い。 あれを喪ったときに感じた痛みは和らぐ事も薄れる事もない。 時間が経てば経つ程に心を暗雲が覆う。己の無力さへの憎しみが消えない。 一体誰が ‘時と共に痛みは和らぐ’ と ‘時と共に憎しみは薄れる’ と、言ったのか。 幾日も時が過ぎる。 今でも目を閉じると、陽光を反射して煌く金の髪と、柔らかな微笑みが蘇る。 「姫時……」 あれが好きだった庭園に降立ち、名を紡いだ。 もう何度花が咲き、香り、散り、季節が廻り、また咲いただろう。 何も変わらない場所。唯、お前の姿だけが消えてしまった。 『ねえ、吹雪。花は綺麗ね。潔く散ってまた美しく咲き誇るわ……。私、花の様に生きたいの』 お前は本当に花の様だったな。 どれだけ血を吐いても泣き言ひとつ洩らさなかった。 最期の時まで凛と咲き誇っていた。 思い出すために、もう一度目を閉じる。風が頬を撫ぜ、通り過ぎた。 目を閉じると蘇るもの。それが新しくなることはない。思い出は何も変わらない。 「……吹雪。鬼眼の狂たちが陰陽殿へ続く四つの扉を突破したそうです」 親しんだ気配を感じ、意識が現実の世界に引き戻される。瞼を上げ、ひしぎの声に踵を返した。 「……そうか。すぐに行く」 短く答えた瞬間、強い風が吹き付け、庭園に花弁が舞った。 ――月に叢雲、花に風。 そんな言葉が似合う光景だった。 そして己の中の月と花は既に此処には居ない。 闇夜を照らす光は、違う道を選び取り、壬生を出て行った。 咲き誇った花は、優しい微笑みと癒しようの無い痛みを残して、風に散っていった。 それでもまだ歩みを止めるわけにはいかない。 「誰にも邪魔はさせんぞ」 狂気を孕んだ声が、ごうごうと吹き荒ぶ風の音に消された。 花も月も …もう見えない。 |