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祝福の言葉
誕生日なんて意味の無いものだ。 いたずらに年をとって、幼い頃は簡単に見えていたものが沢山見えなくなってしまう気がする。 己が生まれてきたことを唯一祝ってくれた母を幼い頃に亡くしたほたるは、異母兄の誕生日をどういう風に祝福すれば良いのか、わからなくて、悩んでいた。 時刻は亥半刻 (23時) 。 このままではもうすぐ辰伶の誕生日が終わってしまう。 表情には出していないもののほたるは少し焦っていた。 (あー…オレってひどいヤツかな) 去年の8月13日。 つまりほたるの誕生日に、辰伶は 『おめでとう』 と、言ってくれた。 プレゼントなんて無かったけれど、日付が変わったと同時に、布団の中で告げられた言葉は、感情の波があまりないほたるの心に確かな波紋を作った。 あの時は "めでたくなんかない" と可愛くない返事を返したが、辰伶は怯むことなく言葉を続けた。 『この日が無ければお前は此処には居ない。 俺たちが出逢うことも、名前を呼び合うことも、喧嘩をすることも、こうして禁忌を犯して愛し合うこともなかっただろう。 誰が何と言おうと今日は大切な一日だ。めでたいんだ』 その言葉を聞いて、涙がぼろぼろと溢れて止まらなかったのを覚えている。 辰伶の前で大泣きするなんて…と、後々顔から火が出そうな位恥ずかしかったが、貰った言葉を忘れたことは一瞬もなかった。 この物忘れの激しい自分が。 普段のほたるを知っている者が聞いたら信じられない、と誰もが驚くことだろう。 それだけ異母兄から貰った 『おめでとう』 が自分は嬉しかったのだろうか…。 ほたるは少し考えた。 (あ、じゃあ同じものを貰ったら辰伶も嬉しいのかな) 自室の畳を見つめながらうんうんと唸る。 (うん、きっと嬉しいよね) 出した結論に、すっと立ち上がった。 さぁ、急がなければ。 自分もきっとお前が生まれてきて嬉しいと思う。 お前と死合えない世界はきっとつまらないと思うし、だからこの日があって、本当に良かったと思う。 辰伶の自室に辿り着くと、すぱーんっとけたたましい音をたてて、ほたるは障子を開いた。 「辰伶。たんじょうび、おめでと」 たった一言、祝福の言葉を君に贈ろう。 心を込めて――。 |